「ここで生きていく」と宣言するべきと思った。
北海道より東京へと拠点を移し、2010年代のシーンを担うバンドとして邁進中の彼らが、自らのスタンダードミュージックと呼べる決意表明的シングルをドロップ。山口一郎(Vo)が語る。
Interview
――2009年は故郷の北海道を離れて暮らし始めた1年でもありました。生活や活動の拠点を東京に置くことで何か具体的な変化は出てきましたか?
山口一郎:物凄く大きな変化がありました。北海道が悪いって訳じゃなくて、東京っていうのはやっぱり日本の中心で、いろんな情報もすぐ入ってくるし、機材もたくさんあるし、人材もたくさんいる。で、北海道にいたときって限られていたんですよ、それが。でもその中で工夫することがあったんですよ。「じゃあ、どういうことをしようか」っていう風に考えた。でもこっちはその工夫がいらない。純粋に自分が思ったことをそのまま再現できる環境にある。その差っていうのは実は物凄く大きくて。どっちにもメリットもデメリットもあるんだけど、でも僕たちは幸い北海道でのそういう環境を知った上で東京に来たから、どちらも吸収できてるんじゃないかな。それを大切にやっていこうとも思うし。だからそういう意味では「来てよかったな」って。もちろん北海道を想う気持ちは物凄くありますけど、日々帰りたいとも思いますけど(笑)、でも自分のスキルアップの為にも来て良かった。
――最近はどんなにブレイクしたとしても拠点を地元に置いているアーティストも多くなってきましたが、そもそもそういう考えはなかったの?
山口一郎:例えば僕が住んでる場所が大阪だったり名古屋だったりすると、そういうことも可能だったけど、北海道となると、新幹線通ってないですしね、飛行機でしか行き来できないですし。あまりにも距離があるんでね、そういう訳にはいかなかったっていうこともありますけど、やはり東京に拘る必要はなくとも来ることによって見える世界は確実にあって。諦めなきゃいけないこともあって、手に入れることもある。それを確かめることが東京に来ることによってできた感じはありますけどね。ただ、この街は怖い。
――どの辺が?
山口一郎:やっぱりね、すれ違う人、皆それぞれ欲望が強い気がするんですよ。特殊なコミュニティな感じがするんですよね。みんな東京出身じゃないじゃないですか、多分。けど、みんな東京っていう目に見えないモノを意識して、自分がそこに染まろうとしている。そこで浮かないようにしたり、そこで恥ずかしくならないようにしようとしてる。それが地元に帰ると「東京人っぽくなったね」って言われる原因なんだと思う。その感覚っていうのは実はすごく面白くて、僕もひょっとしたらそう思われるかもしれないっていう。それは自分を失っていくようで、逆に怖いことでもありますけどね。でもそれもまた自分なのかなと思います。
――ただ、新曲「アルクアラウンド」からはそうした閉塞から突き抜けようとしているグルーヴ、意思表示を感じます。
山口一郎:シングルというモノをリリースする意味というのは、アルバムを売る為だけのプロモーション的ツールとして使うということじゃないんです。ちゃんと作品として出したいんだと。でもあくまでもシングルな訳ですよ。1曲を絞らなきゃいけない。その1曲で「何を歌わなきゃいけないか」っていうことで、僕が拘ったのは、フィクションであってはいけない。ノンフィクションじゃなきゃいけない。じゃあ、今のサカナクションにおけるノンフィクションっていうのは何なのか。それは『シンシロ』というアルバムを東京に来て作って1年半ぐらい経ちますけど、そのときはちょっと遠征に来てる気持ちで東京に来てたんですよ。でも「ちょっと待てよ」と。「俺、ここで結婚して子供を作って家をもし建てたら、ここにお墓ができて、ここがホームになるんじゃないかな」「そういう覚悟で俺は今東京に来て音楽で生きていこうとしているのかな」っていうのを確認しなきゃいけなかったというか。その結果「じゃあ、ここで生きていくって決めて、俺は歌を書かないといけない」「ホームはここだ」っていう宣言をするべきだと。ホームはいくつあってもいいけど、やはりここで生きていくんだっていう証の曲にしなきゃいけない。それが僕の中での「アルクアラウンド」っていうストーリーができたきっかけです。
――「ここで結婚して子供を作って家をもし建てたら……」みたいなことを、なぜ突然思ったんですか?
山口一郎:あのね、僕はあんまり友達がいないんですよ。友達って呼べる人が同年代の中では1人か2人で、あとすごく上の方なんですよね。スタッフの方とかで。PAの方とか照明の方とか。40代とか、もしかしたら50代の方もいるかな。そうした人たちと日々話してる訳ですよ。すると、そういう人たちってそこで生きている訳ですよ。結婚されているし、中には離婚をされている方もいて。で、子供もいるし、家も建てていたりして。でも「出身どこですか?」って聞くと、東京じゃないんですよ。僕らと同じように東京に出てきて、そこをホームにして生きていってるんですよね。自分をその人たちの人生と被せてみると「あ、途中なんだ」と。で、このまま生きていくとなると「ここがホームになっていくんだな」って。それが実はすごく怖かったんですよ。僕は今彼女いないですけど、誰かと付き合って「結婚しよう」って言われたら、それが高校生とか大学生の頃だったら「いいよ、結婚しよう」みたいに言えたけど、今は「ちょっと待てよ」と。「結婚?まぁまぁ」みたいな感じになるだろうなと思って(笑)。だから「ここをホームにしていく」っていう決意を歌に書くってことをしなきゃいけないなって。
――話は変わりますが、個人的にはサカナクションの音楽が海外だったらどんな評価をされるのか、非常に興味があって。いろんなツールの発展によって世界への発信がし易くなった中で、そこへのアプローチとかを考えたりすることもありますか?
山口一郎:日本語で歌ってる時点で日本人なんですよ、海外からすると。例えば、ニューヨークやロンドンのレコードショップに行っても“WORLD”のコーナーに日本のCDは置かれるんですよ。“ROCK”とかには入らないんですよね。そう見られることは仕方ないし、そう受け入れられるってことは受け入れなきゃいけない。で、もし海外に自分たちの音楽で挑戦していくってなると、それこそ英詞にしなきゃいけなかったり、逆に言葉を無くさなきゃいけなかったりする。それでサカナクションをもし表現できるタイミングが来たならば、いつかは挑戦するかもしれない。プロ野球のメジャーリーガーじゃないですけど、僕らにとってはそういう部分になるんじゃないかなって思いますけどね。アジアは別だと思いますけど。でもそれは多分僕がエンタテインメントミュージックに屈して、こてんぱんにやられて、逃げ道として使う場所だと思います(笑)。
――いろんな衝撃や高揚を与えてくれるニューシングル、そしてきっと発表されるであろうニューアルバムと、2010年もいろいろ期待してしまうんですが、山口一郎的にはどんな1年にしてやろうと企てていたりしますか?
山口一郎:2010年代が始まる最初の年なんですよ。だから2010年は2010年代が始まる一歩目って考えて、その10年で一体どういうことができるか。どういうバンドになっていくのか。どれぐらい表現できるのか。それを確かめられる1年になるんじゃないかと。ここで例えば自分たちの限界が見えるようならば、きっと2010年代の後半には生き残っていないと思うし。そういう意味では、確かめる1年になるんじゃないかなと思いますね。













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