熊木杏里 特集

生きる意味をその人生から紡ぎ続けてきたシンガーソングライター

熊木杏里がアルバム全編にわたって恋の歌をうたう。とてもデビュー当時〈心の天気に晴れはない〉と塞ぎ込んでいた人とは思えない展開である。まだ知らない方のために説明すると、彼女は“心の拠り所”となる声で、生きる意味をその人生から紡ぎ続けてきたシンガーソングライター。作品を追うごとに、一歩ずつ愛や光のある場所へと近づいていった過程は本当に目まぐるしかったが、最近では塞ぎ込んでいる人々の心を開く天才とも言える存在にまで成長を遂げた。そして今作『はなよりほかに』では、11通りの恋の物語を綴り、今にも胸が張り裂けそうな声を、人間を怖れていた少女が人をこんなにも愛せるようになったと証明する声を響かせている。

1人ではなく2人の物語を、その心を精一杯揺らしながら歌い上げている。しかも今回は“はなよりほかに”知る者がいない、独り言のような想いをさらけ出しているため、どの曲も照れてしまうぐらい裸。その結果として、今作は容易く聴き手の心も裸にし、未だかつてないほどに高純度の共感を生む。彼女が恋に泣けば僕らも恋に泣き、恋に笑えば恋に笑い、いつしかそこにある想いは自分のモノになるのだ。こんなに穏やかな声なのに、なんて強い。

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「戦いの矛盾」

弦一徹らのストリングス、穏やかなアコースティックギターの上で綴られる〈私は満たされすぎている〉。シリアスな題材に陶酔することなく、平和な日本で暮らす自分自身のリアルな感覚、それを戒めるために制作した衝撃作。

資生堂企業CMに問合せ殺到。そんな見出しが各メディアに飛び交い、彼女の未来に確かな光を照らした今作は、同CMの監督・中島信也との共作である。〈本日私はフラレました・・・〉と頭から涙を誘う失恋ソング。

シンプルで綺麗な言葉と声と音と、それらを紡ぐメロディと、そのすべてが静かにときめいている。そんな穏やかな昼下がりのような歌のクライマックスで〈笑い 泣いて 共にゆく〉と、小さく決意表明するのが愛らしい。

「戦いの矛盾」

「今までの熊木杏里の集大成的な曲」「最大のラヴソング」と本人が語ったほど、歌詞、メロディ、声色、呼吸の取り方など、あらゆる要素が愛する人の方向を見つめている1曲だ。ピアニスト清塚信也との相性の良さも奇跡レベル。

アルバム『ひとヒナタ』リリース後に「2009年JRA(日本中央競馬会)」ブランドCMソングに起用され、急遽シングルカット。本作は不特定多数の人々に向けた“真っ直ぐに生きるため”の熱きメッセージソングとなっている。

「君の名前」

愛する人の別れに傷ついた自分を歌うのではなく〈涙になったら君を責めることと同じ〉〈背負うことは何もない 君は羽を持っているよ〉と、涙を堪えながら相手の背中を押す。もちろん本人の実体験による、愛の歌だ。

1st Album『殺風景』

誰かを信じたくても信じ切れず、素晴らしい世界に想いを馳せながらも動き出せない。未完成のまま、憂鬱を抱えたままで、それでも何かを届けようとしたデビューアルバム。窓の外を見つめながら静かに歌い叫ばれる声は、彼女と同じように打ち震える人々の心を強く掴んだ。人間は懸命に生きようとするから葛藤する、そのことを痛感させる作品だ。

決して美しくなくても、正しくなくても、ありのままを出すしかなかった。なぜ生きているのかを知らぬままに〈なにかになりたい〉と藻掻いて生み出した、全編ノンフィクションアルバム。M-8「説教と楓」には、事務所の大先輩である武田鉄矢にお説教をされて、そこで言い返せなかった悔しさを歌にした、なんていうエピソードも(笑)。

何にだって触れようと思えば触れられる、変えようと信じれば変えられる。窓の外の景色を眺める時期を超えて、外の世界へと“行進”を始めた変革の一枚。粒ぞろいのアルバムであるが、序盤4曲から感じられる、新たな決意を胸に歩き出すときのアノ高揚感は、間違いなく今作のハイライトだ。そして彼女自身の人生もこの直後、確かな前進を見せる。

4th Album『私は私をあとにして』

前作で外の世界へと飛び出した直後、資生堂企業広告テレビCMソングや映画『バッテリー』主題歌など、大型タイアップが続々と決定。熊木杏里の声が日々メディアから聞こえてくるようになる。今作はそんな時期に制作されたこともあって“人は変われる、世界は変えられるんだ”という喜びに満ち、最もドラマティックな作品に仕上がっている。

5th Album『ひとヒナタ』

前へ前へと突き進んできた彼女の、ひとつの到達点。泣けるほどハイテンションな「モウイチド」から、“あなたも誰かにとってのプレゼント”という想いを込めた「my present」まで、すべてが明確なるメッセージソング。歌いたいことを歌ったら、11曲中10曲にタイアップが付いていたという、凄まじい求心力を持った一枚である。

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